力強い発声について考える際、声帯の振動は必ず扱わなければならない事項といえるでしょう。なぜなら、力強い声は声帯の振動と深く関わるからです。

声の強さ(声のレベル。響きや声質は関係しない)を決定するのは声門下圧の強さ、つまり声門にかかる気圧の強さです。発声時、声帯は振動しますが、このとき声門にかかる圧力を増加させるには声門が閉じている期間、つまり閉鎖期が存在する必要があります。なぜなら、ずっと開いたままの状態では、圧力が高まる前に空気が逃げてしまうからです。

すなわち、力強い声を発するには閉鎖期がある振動がなされる必要があるのです。この閉鎖期がある声こそ、地声要素を含む声なのです。(詳しくは地声の発声メカニズムより)

声帯振動

力強い声を出すために閉鎖期のある声帯振動を起こす必要があることは、多くの方が感覚的に察知しています。大きな声を出そうとするとき、大体の人が無意識に「閉鎖期」のある声帯振動を試みます。

しかし、問題のある発声をする人とそうでない人の間には、閉鎖期を有する声帯振動を作る過程に大きな違いがあるのです。その違いがどのようなものなのか、そして、閉鎖期はどのように生成されるべきなのかについてお話していきましょう。

ベルヌーイ力による声門閉鎖

ベルヌーイ力

初めて聞いた方も多いのではないかと思われるこのベルヌーイ力は、物理学の分野の用語になります。その用語の意味としては、ある一定の流れ(空気や水)があるとき、それを阻む物体の影響で生まれる引力といなります。

一定の流れの中に存在する障害物(ここでは声帯)は、その流れに直流部と蛇行流部とを生成します。それら2つの流れには速度の違いが生じ、それによって図のように直流に対し、垂直に引力が働きます。これが簡単なベルヌーイ力の発生メカニズムの説明になります。

そのベルヌーイ力が声帯周辺でどのように作用するのかを示したのが先ほどの図です。このように、声門に空気が流れることによって、物理の力によって自動的に閉鎖期生成の力が作用するのです。

「内転」はベルヌーイ力の作用を補助するために行われるべき

以前、この声門閉鎖は意識的になされるものとして考えられていました。しかし、近代の研究により、声門閉鎖に直接作用する力として「ベルヌーイ力」の存在が発見されたのです。自由に歌を歌うためには、1秒間に数百回以上の振動を起こす必要があります。その時点で、人間が意識的かつ意図的に1回1回の声帯振動を生成するのは不可能です。

こうして、声帯振動がベルヌーイ力の作用によって起こることはわかりました。では、問題のある閉鎖期の生成過程と問題のないそれとの間にはどのような違いがあるのでしょうか?そこに関連してくるのが内喉頭筋の中で紹介しました内転作用になります。

問題がある閉鎖期の生成とは、力ずくで声門を閉じようとするものです。これは、声帯の過剰なふれあいの原因となります。実は多くの方がこのような力ずくでの閉鎖期の生成を行っているのです。では本来、内転は声門を閉鎖するにおいてどのように機能すべき行為なのでしょうか?その答えは、ベルヌーイ力を最大限に働かせるための補助として機能すべきであるということができます。

側筋・横筋が声帯間を狭め、内側甲状披裂筋・声帯筋が声帯の緊張を緩和する

内喉頭筋のページにて、内転筋がどのように機能するのかをご紹介しました。ですが、ここでベルヌーイ力の概念を知ったことで、より深く、各々の筋肉が内転を成す意味を理解することができることでしょう。以下、内転作用がどのようにベルヌーイ力の作用を補助するのかという観点から各筋肉の働きについてご紹介していきましょう。

側筋・横筋

外側輪状披裂筋(側筋)と披裂間筋(横筋)

まず、これらの内転筋についてですが、これらは声帯間を近づけることでベルヌーイ力を補助します。声門が大きく開いていると、ベルヌーイ力が働きません。すなわち、ベルヌーイ力が有効に機能するところまで声帯を近づけるのがこれらの内転筋の正しい役目なのです。

しかしながら、多くの人がこの近づけるという作用を逸脱し、内転によって声帯を触れ合わせてしまうのです。これが過剰な声帯のふれあいを引き起こす原因となります。

内側甲状披裂筋・声帯筋

内側甲状披裂筋

上記の側筋・間筋によって、声門は狭小されます。ですが、この状態ではベルヌーイ力は有効には作用しません。なぜなら、張力が働いている声帯に呼気を通しても、十分に振動を起こすことができないからです。

すなわち、振動させるには声帯の振動部を弛緩させなければならないのです。この声唇の緊張を和らげる働きをするのが、この内側甲状披裂筋です。

声帯筋

上記の内側甲状披裂筋が機能するようになれば、チェストボイスを正しく発することができるようになります。

しかし、ミドルボイスを正しく発するためには、訓練により声帯筋の操作能力を高め、「声帯靭帯に近いわずかな箇所」という非常に限定された箇所においてもしっかりと声帯筋を作用させることができるようにする必要があります。これが可能になるとそのわずかな箇所において、しっかりとした閉鎖期のある振動を起こすことができるようになるのです。これこそが、力強い高音発声のメカニズムになります。

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