「ハミング」をご存知でしょうか?ハミングとは、口を閉じ、鼻から声が抜けるようにメロディを歌う発声技術のことを指します。このハミング、多くのトレーナーに「発声初心者が正しい発声感覚を得るのに有効な発声技術」として扱われているのをよく見かけます。

しかしながら、本当は「甲状披裂筋がきちんと機能していない人」にとって、ハミングは発声時の「力み」を助長させる危険な発声技術なのです。以下、詳しく説明していきましょう。

ハミングとは、呼気量=呼気処理能を成立させる発声技術

「鼻歌」を連想させ、「発声技術」などという言葉が相応しくないイメージのハミングですが、実はこのハミングは発声時に高度な条件を強いてくる発声技術です。その条件が、「呼気量=呼気処理能」の成立です。一般的に、処理が成されなかった分の呼気は「余剰分」、そして「息漏れ」として排出されます。これを等式で表すと「A:呼気量-呼気処理能=息漏れ」となります。

ハミング発声時は「呼気量=呼気処理能」となるので、Aの式において「息漏れ=0」とます。つまり、ハミングは「息漏れ」を物理的に抑止する発声技術なのです。この「息漏れ=0」を成立させる工程にハミング発声が発声する人を選ぶ発声技術である理由が存在します。

「息漏れ」とはどのようにして起こるのか

内側甲状披裂筋

では、そもそも「息漏れ」はどのようにして起こるものなのでしょうか?そのメカニズムを詳細まで考えると様々な分類分けが可能ですが、息漏れの生成工程を大きく分けると以下の2つに区分することができます。

一つ目は、「呼気処理能を意図的に下げ、息漏れを生じさせるもの」。もう一つが、「呼気処理能が低く、結果的に息漏れが生じてしまうもの」です。この違いを決定するのが甲状披裂筋です。

「甲状披裂筋を機能させることができる人」の息漏れ生成工程は前者に該当します。この部類の人は、側筋や間筋等の閉鎖筋の作用を意図的に弱め、「意図的」に息漏れを生成します。彼らは歌唱時の表現のため、そして、閉鎖筋を緩ませる感覚を確認する際などに息漏れ発声を意図的に実施します。彼らは甲状披裂筋を機能させることが出来るのと同時に、閉鎖筋(側筋・間筋等)作用の適度を体得しているのです。

一方、「甲状披裂筋を機能させることができない人」の息漏れ発生工程は後者に該当します。これに属する人の場合、たとえ側筋や間筋等閉鎖筋の機能が適度であり、声門が正しく狭小された状態であったとしても、甲状披裂筋が十分に機能しないため閉鎖期が生成されず「結果的」に息漏れが生じてしまいます。このような人は、息漏れを解消しようとすると、その声門の隙間を閉鎖筋の作用でもって埋めようとします。もちろん、これは不健全な発声方法です。

息漏れ=0を成立させる工程

では、まずは「甲状披裂筋を機能させることができる人」のハミング発声時の「息漏れ=0」の成立工程を見ていきましょう。このような人が健全な「息漏れ」を生じさせる発声をした状態で、発声をハミングへの切り替えた場合、余剰分、すなわち息漏れ分の呼気はそのままカットされ、呼気量が減少します。つまり、甲状披裂筋を含めた閉鎖筋の作用を安定・維持させたまま、呼気量を調整し、「息漏れ=0」を成立させるのです。

このような人々にとって、起床時に喉を慣らすためのハミング発声は有効に作用します。ハミングをしながら、目覚めきっていない喉頭筋に合わせて呼気量を調整し、発声をしながら喉頭筋を少しずつ目覚めさせていくのです。

続いて、「甲状披裂筋を機能させることができず、息漏れを起こしてしまっている人」の場合はどうでしょうか?このタイプの人は、ハミングをする場合、不安定で未熟な喉頭筋を反射的に機能させ、息漏れを無くそうとします。したがって、彼らのハミングは「Fun!」と「力み」による押し気味のものになるか、もしくは口を閉じたままの発声に耐えられず、「ブハッ」っと口が開いてしまうなどの不具合が生じてしまうのが一般的です。

すなわち、ハミングは甲状披裂筋を機能させることができるかどうかを判断する指標となる発声の一つといえるかもしれません。あなたのハミングはいかがでしょう?

ハミングを推奨する発声法やボイストレーナーが多い理由

では、なぜハミングを推奨する発声法やボイストレーナーが多いのでしょうか?それは、先ほど記載したとおり、1.熟練者(トレーナー自ら)にとってハミングが準備体操としての発声練習にうってつけであることと、2.ほとんどのボイストレーナーが元々歌が得意であり、甲状披裂筋を最初から比較的に有効に機能させることができているが故、甲状披裂筋が未熟な人にとって、ハミングが負担が多い発声技術だと気が付かないことが多いのではないか?と私は推測しています。

つまり、ハミングの使用を推奨するトレーナは、朝方に未覚醒状態である自身の声帯と、まだ甲状披裂筋を機能させることができない人の状態を同じとみなし、自身に有効であるハミングを発声初心者にも当てはめ、初期の発声練習に取り入れてしまっているのではないかと思うのです。しかしながら、いうまでもなくボイストレーナーの喉頭筋や発声時の感覚は、甲状披裂筋が機能していない人の喉頭筋や発声時の感覚とは、全く別のものです。

発声初心者にとって必要なのは、正しい呼吸サイクルを守り、呼気量を必要最小限に抑えながら、側筋・間筋等閉鎖筋が声門を狭小させるための機能を「適度」に作用させた状態で、甲状披裂筋を少しずつ覚醒させていくことです。(詳しくはミックスボイスを習得するための練習方法その4~ミドルボイスの練習~)この発声技術な未熟な方の発声工程において生じる余剰分の呼気は、そのまま息漏れとして外に吐き出される必要があります。つまり、余剰分の呼気の逃げ場をなくすハミングは、これに該当する方にとっては御法度の発声技術なのです。

このように、甲状披裂筋を機能させることができる人とできない人とで、ハミングという発声技術がもたらすものは全く異なります。元々歌えてしまっていた、「優秀な歌い手」であるボイストレーナーには、喉頭筋肉が機能しない感覚が想像できないのでしょう。貴方の甲状披裂筋はすでに覚醒・機能していますか?そして、閉鎖筋の機能適度を体得していますか?もし、ハミングを発声練習に取り入れたいいのであれば、ご自身での正しい判断が重要です。

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