「今よりも、声量を増やしたい」恐らく多くの方がこのような思いを抱いていらっしゃるのではないでしょうか?声量アップは多くの歌い手にとっての課題です。では、どうすれば声量が上がるのでしょうか?今回はこの声量について考えていきたいと思います。
感覚的には当然のこととして捉えられている事象も、科学的観点から考察することで、発声における新たな発見やヒントを得られることがあります。是非、声量に関する考察を深めていただければと思います。
声門下圧と声門の閉小速度
声量において、重要な要素としてまず挙げられるのが声門下圧です。声門下圧とは、肺から送られる空気の圧力を示します。この声門下圧が上昇すると、それに比例して声量が増加します。
すなわち、力強い空気が送られれば、その分力強い声が生成されるということです。これは「感覚的」にご理解いただけていることかと思います。では、呼気の空気圧を高められれば、それだけ声量が上がるのでしょうか?もちろん、そうではありません。これが真理なのであれば、呼吸の練習さえすれば、声量溢れる歌が歌えるということになってしまいます。
実は、声量に関連する重要な要素がもう一つ存在するのです。それが声帯の閉小速度です。声帯振動の仕組みを思い出してください。声帯が地声要素を含む声を発する際、声帯は開大期、閉小期、閉鎖期を有する振動を起こします。この閉小期、つまり声門が閉鎖するときの気流の最大速度が閉小速度です。以下の図をご覧ください。
これは、声帯が1回の振動を起こしたとき、声門を通過する空気量を表したグラフです。この量が減少している期間が閉小期であり、この曲線の傾きの最大値が閉小速度となります。少し分かりにくいですね。
つまり、分かりやすく大まかに言ってしまえば、声帯閉鎖中に、閉鎖スピードが最も速い瞬間の速さが閉小速度なのです。この速度の速さが、発する声のボリュームに比例するのです。
この閉小速度と声門下圧が関連する要素であることは感覚的に御理解いただけると思います。すなわち、声帯に当たる呼気が強いほど、声門が閉鎖する速度が速くなる訳です。風が吹いたときにドアがバタンと閉まる様子を想像していただければ分かりやすいと思います。吹く風の風圧が強いほど、閉まる速度が速くなるのは明白です。
しかし、このときドアのヒンジ部分が固くなってしまっていたらどうでしょう?どんなに強い風が吹いたとしても、ヒンジ部分が固まっていたらドアが勢いよく閉まることはありません。これと同じことが声帯にも言えるのです。つまり、声門下圧が上昇するのに伴い、閉小速度が上昇するためには、声門の開閉がスムーズになされなければなりません。
この声門開閉が自由な状態のとき、声門間にはベルヌーイ力が有意に働きます。反対に、内転筋による閉鎖が有意に働く場合、声門開閉は自由を失った状態であるということができます。
気流発声と喉詰め発声
上記2種の発声形態のうち、外側輪状披裂筋、披裂間筋、甲状披裂筋などの内転筋の過剰機能により声帯閉鎖はなされる声を喉詰め発声といいます。一方、最小限の内転筋の機能でもって、発せられるベルヌーイ力優位の発声を気流発声といいます。以下のグラフをご覧ください。これは、喉詰め発声、正常発声、気流発声を発した際の空気量の変化を示した図になります。
内転力、そして声門下圧が共に最も低いのにも関わらず、音のレベルが最も大きいのが気流発声であることがお分かりいただけるかと思います。このことから気流発声は最も効率のよい声ということができます。すなわち、気流発声はもっとも健全で教科書に掲載されるような「正しい声」と言い表すことができます。
したがって、発声練習ではこの気流発声の実現を目指すことが求めます。以下、この気流発声を実現するためのヒントとなるレポートをご紹介しましょう。以下の図をご覧ください。
これは、歌手とそうでない一般の人がフォルテ(強く)、メゾフォルテ(やや強く)、ピアノ(弱く)で高音、中音、低音をそれぞれ歌った際の気流グロトグラムの振幅を示したものです。気流グロトグラムの振幅とは、先ほど冒頭でご紹介した声帯が1回の振動を起こしたとき、声門を通過する空気量を表したグラフの波の高さを指します。
喉詰め声では、この波の高さが小さくなるという特徴があり、したがって振幅が大きい声ほど、喉詰め声から遠い声であるということができます。実は、歌手・非歌手ともに中音域を大きな声で歌った際の声が、喉詰め声から最も遠い声であるという結果が出たのです。
したがって、気流発声に近い声を発声したい場合は、最も発声がしやすい「中間音」を発声するとよいということになります。中音域を規制を受けない、開放された状態で発せられた声こそ、気流発声に近い、現状の貴方の最良のコンディションの声であると言える訳です。その声を発した際の感覚を保った状態を保ったまま、発せられる音域を広げていけばよいのです。
では、なぜ中間音が最も出しやすいのでしょうか。それは、中間音が輪状甲状筋や甲状披裂筋をほとんど機能させる必要がない音域だからです。特定の筋肉を機能させることなく、制約を与えずに出した声が、結果的に声帯と気流のバランスが保たれ、ベルヌーイ力が機能するのです。
もちろん、最終的には全ての音域において声帯と気流のバランスが保たれ、ベルヌーイ力が優位に機能する必要があります。そのためには、言うまでもなく輪状甲状筋と甲状披裂筋・声帯筋の機能性が十分に高められる必要があります。ボイス・リビルディングでは、全音域での気流発声の実現を目的とし、練習のプログラムを組んでいます。
まとめましょう。声量を得るためにはまず、声門下圧を上昇させる必要があります。そのために重要なのは、もちろん呼吸器官を鍛えることです。そして、その声門下圧の高めた状態で強い声を発するためには、閉小速度を上げる必要があるのです。
その前提として重要なのが、ベルヌーイ力有意の声門閉鎖、つまり、喉頭周辺筋の機能性を上げることなのです。したがって、声量を上げるためには、呼吸器官を鍛え、喉頭周辺筋の機能性を上げる必要があるということができるのです。