朝の起床時というのは、誰でも声(特に高音)が出しにくいものです。それもそのはず。「起床直後の声が出しにくい状態」というのは、「喉頭筋がまだ眠っている状態」なのです。起床直後、どこかダルさが残っていたり、動きが鈍い身体同様、喉頭の筋肉も、起床時はまだ完全に目覚めきっていないのです。
この「朝、起きたばかりの喉」と「発声練習を開始したばかりの(もしくは発声練習がなされていない)喉頭筋が十分に機能していない喉」というのは、「筋肉が覚醒していない状態」という点から、似た状態であるということができ、発声練習する上での注意点や指標とすべきものも共通しています。
そこで本日は、「朝、起きたばかりの喉」や「練習を開始したばかりで各喉頭筋が十分に機能していない喉」は発声練習時に何を注意すべきか、そして何を指標とすべきかについて考えてみたいと思います。
まず、注意すべきこと。それは「少しでも無理な音域・音量で発声をしてはいけない」ということです。
喉が「良く鍛えられており、なおかつ完全に覚醒した状態」の場合、自身が十分に発声できる音域・音量より「少し高めな音」、もしくは「少し大きな声」を出すことは、自身の発声可能域を広げる練習になります。ウェイトトレーニングに置き換えて考えてみてください。ウェイトトレーニングでは、自身が耐えうるよりも少しだけ大きな負荷をかけてトレーニングをすることで、現状以上の筋肉をつけることが可能となります。喉頭筋がきちんと覚醒していれば、これと同じ理屈で、輪状甲状筋や甲状披裂筋が機能性を増し、声の発声可能域を広げることができるようになるのです。(もちろん、無理は禁物です)
しかし、起床時やトレーニングを開始したばかりの未覚醒の喉が同じことをすると、たちどころに喉の故障の原因となってしまいます。したがって、未覚醒の喉は「無理のない音域・声量で、筋肉を覚醒するための発声練習」が重要になってまいります。しかし、「無理のない範囲での練習」といわれても、ただ漠然と発声しても効果は獲られません。そこで、未覚醒の喉が指標とすべきなのが「正確さ」と「速さ」になります。
地声も裏声も考え方は同じです。どちらの場合も、まずは「無理のない音域・音量」を定めてください。その音域・音量で、練習対象とするスケールを「すばやく、正確に発声すること」を目標にして発声するようにしましょう。
しかし、このとき、1つ「気をつけなければならないこと」があります。それは、音を「当て」に行ってはいけないということです。「喉頭筋を使って、スケールを正しく発声すること」と「音を当てにいくこと」は異なります。音を当てることが目的化してしまうと、「横隔膜で音程をコントロールしがち」になります。これは、パフォーマンス時は有効な行為かもしれませんが、喉頭筋の覚醒を目的とする発声練習の場合は、その目的を妨げることになってしまいます。さらには、横隔膜に意識が集中してしまうため、喉頭筋の限界域に気が付きにくく、結果、自身にとって無理な音域・音量を発声し、喉頭筋の覚醒させる発声練習としての意味をなさないばかりか、喉頭筋の負傷の原因になりかねません。
まずは、正しい呼吸サイクルをきちんと保ち、息の流れ・量を一定にすること。これを前提とし、喉頭筋を「慣らしている感覚」を維持しながら発声するようにしましょう。喉が覚醒し、だんだんと「動くこと」に慣れてくると、まず、スケールを「正確に」発声することができるようになります。
上記は、ミックスボイス習得マニュアル内にでてくる「スケール」の1つです。赤い線は喉頭筋が未覚醒時の発声、青い線は十分に覚醒したときの発声の様子を示したものです。
喉頭が目覚めきらないときは、一つ一つの音が不明瞭なまま、流されるように発声がなされます。各音符の高さに声が当たらず、発声される声は、輪郭がフワフワとしています。しかし、喉頭が覚醒してくると、一つ一つの音符の高さにしっかりと声が到達するようになり、結果、発せられるスケールの輪郭がしっかりとしたものになります。
こうしてスケールの輪郭が明確になってきたら、今度はスケールを発する際の「テンポ」を速めていきましょう。かなりの速さのテンポのも喉が対応できるようになったら、それはその音域・音量において喉頭筋が十分に覚醒した証拠です。この状態になったら、少しずつ自身の発声可能域を広げる練習を取り入れていくとよいでしょう。
最後に、「無理のない音域」の目安をご紹介しましょう。人によって、その高さは異なります。よって、最終的にはご自身できちんとその高さを見極めていただきたいのですが、一般的には、
男性の地声:C3~E4
男性の裏声:A4~D5
女性の地声:C4~A4
女性の裏声:D5~G5
以上を目安にしていただければと思います。