日本語は、母音語と呼ばれる母音と子音とをセットで発音・認識する世界でも珍しい言語です。よって、私たち日本人にとっては特に、母音の発音は言葉を発する際の重要事項となります。しかし、私たちが母音について考察しなければならない理由はそれだけではありません。
「歌を歌う」ことを考えたとき、母音の発音は非常に重要な意味を成すのです。実は、発声練習時に使う母音によって、鍛えられる喉頭筋が変わってくるのです。すなわち、より鍛えたい筋肉を鍛えられる母音を積極的に使用することで、効率的に歌の上達を実現することが可能なのです。ここでは、
- 「母音」がどのように形成されるのか?
- 各母音を発する際、喉頭筋群がどのように作用するのか?
について言及していきたいと思います。
母音形成の正体は第1、第2フォルマント
まずは、母音が何によって決定するかについてお話していきましょう。母音は第1、第2フォルマントによって決まります。(フォルマントの詳しい説明はフォルマント周波数のページにて)。フォルマントを簡単に説明すると、喉頭音源(声の元)の音量を増加させるポイントと説明できます。
フォルマントはいくつも存在しますが、その対象音が低音である程、声への影響力が大きいとされます。発声において重要なのは低いほうから数えて5つのフォルマントであるといわれます。これらのフォルマントは第1~第5フォルマントと呼ばれます。
母音は最も重要で影響力の大きいフォルマントと2番目に重要で影響力の大きいフォルマントによって決まります。声の響きや声量など歌声のスキル向上以前に、母音がきちんと形成されなければ、会話に支障が出てきてしまいます。すなわち、声を出すという行為において母音は非常に重要であると言えます。
下の図を見てください。例えば、男性が「ア」と「イ」を発する際の第一、第二フォルマントはそれぞれ変化し、その周波数の範囲は以下のようになります。
「ア」の場合
- 第一フォルマント:約600~1000HZ
- 第二フォルマント:約500~1600HZ
「イ」の場合
- 第一フォルマント:約200~400HZ
- 第二フォルマント:約2000~3100HZ
それぞれこのようになります。では、これらのフォルマントを人はどうやって調整しているのでしょうか?
まず、第1フォルマントは、顎の開き具合に大きく影響を受けます。一方、第2フォルマントは舌の位置に大きく影響を受けます。
例えば、イを発する場合、アを発する場合と比べて喉の開きが小さくなるでしょう。これは、イを発するために第一フォルマントを無意識のうちに低く調整しているのです。この行為を調音といいます。すなわち、私たちは母音を発するのに、第1第2フォルマントのポジションを調整するべく顎や舌の位置を動かすのです。
原始母音
さて、先ほどの日本語の各母音の対象となる第1第2フォルマントを示す図を再度確認してみましょう。
厳密には、5つの母音の中心を結んだ図形は5角形をなしていますが、大まかに見ると、この図形は「ア」「イ」「オ」を結ぶ三角形を形成しています。これら3つの母音を原始母音と呼びます。
一方、英語などを主とする欧米で使われる言語においては「ア」「イ」「ウ」が原始母音となります。ボイス・リビルディングでは、「ア」「イ」「オ」を原始母音とし、主にこれらを使って発声練習を行います。すなわち、母音の原型といえる原始母音を徹底して練習し、効率的に全ての母音を網羅することが狙いなのです。
各原始母音の発声練習がもたらす効果
これら3つの原始母音は、発する際に機能する喉頭筋が異なります。よって、特に訓練したい喉頭筋が機能対象となる母音を発声練習時に使うことで、集中的かつ効率的にその喉頭筋を鍛えることができるのです。以下に、「ア」「イ」「オ」がどの喉頭筋の強化に役立つのかを列挙します。
「ア」での発声練習がもたらす効果
「ア」は声帯筋の訓練に役立ちます。声帯筋はチェストボイス中盤からミドルボイス全域を発する際に必須の喉頭筋です。中高音域を歌う際、力みが生じてしまう人は、一般的にこの声帯筋が機能せず眠ってしまっている場合が多いです。したがって、アを使ってスケールを歌うことで、集中的に声帯筋を機能向上させることができます。
「イ」での発声練習がもたらす効果
「イ」は輪状甲状筋と後筋の声帯伸展筋、そして側筋と横筋の閉鎖筋の訓練に役立ちます。この母音は、ミドルボイスの練習時開始時に最も使用する重要な母音です。
「オ」での発声練習がもたらす効果
「オ」は声帯懸垂機構、つまり外喉頭筋群を働かせる母音です。すなわち、声帯伸展を補助してくれる筋肉が作用する、裏声の練習に最も適した母音です。
以上のように、練習目的に合わせて母音の組み合わせを変えることは、建設的な発声練習を実現可能にします。まずは、各声区を発しやすい母音でもって発声することで、喉頭筋群の訓練を集中的に実施します。その後、全ての母音において豊かな声を出せるようにするために、全声区において発声における母音毎の偏りを無くす必要があります。この作業を母音の純化といいます。