チェストボイスというと、「普段の声=練習しなくても良い声」などという認識がされていることが多く、ヘッドボイスミドルボイスと比べ、あまり深く扱われることがないようです。これは、多くの方が自身が発するチェストボイスにおいて「難なく、問題なく発声できているもの」という認識を抱いているからでしょう。

ここでは、ヘッドボイスやミドルボイスと同様に重要であるとともに、これらの声を正しく発声できるようになるために正しく発声できるようになることが必要不可欠である「チェストボイス」がどのような声なのかについて言及していきたいと思います。

チェストボイスの定義

まずは、チェストボイスの定義を確認していきましょう。

  • 生理学的:ピッチの上昇に伴い、外側輪状披裂筋・甲状披裂筋の作用が増加する声
  • 音質的:金属音のような音色。声帯のふれあいが感じられる声
  • 地声/裏声の含有からの定理:地声のみで構成される。

外側輪状披裂筋、披裂間筋

ミドルボイス声区では、ピッチ上昇に伴い、外側輪状披裂筋と甲状披裂筋つまり閉鎖筋の作用が増加します。

これは、ピッチ上昇を担う輪状甲状筋が声帯の形状を薄くしよう、声門を広げようとする作用に対し、それを阻止しようという作用が働くからです。


内側甲状披裂筋

チェストボイスの声区は音域が低いので、輪状甲状筋はそこまで強く作用する必要がありません。したがって、チェストボイス発声時の輪状甲状筋の作用は弱く、閉鎖筋は常に優勢に作用します。

すなわち、チェストボイスとは「閉鎖筋>輪状甲状筋」のバランスが保たれる声区ということができます。

チェストボイス=誰でも出せるは大間違い?

勘が良い方はお気づきかもしれませんが、チェストボイスが「閉鎖筋>輪状甲状筋」なら、ヘッドボイスは「閉鎖筋<輪状甲状筋」、ミドルボイスは「閉鎖筋≒輪状甲状筋」といった関係になります。

ミドルボイスは「片方が少しでも重くなると途端にバランスを崩すシーソー」のように絶妙なバランス感が必要になる一方、チェストボイスでは「閉鎖筋は、あまり作用しない輪状甲状筋よりも少しだけ優位になるように作用すればよい」状態になります。

普段、多くの人は話し声の高さから輪状甲状筋よりも閉鎖筋を使い慣れており、「閉鎖筋>輪状甲状筋」のバランスを保つことにはそこまで難を要しません。これは、感覚的に御理解いただけるでしょう。

では、チェストボイスボイスはだれでも簡単に出せる「そこまで訓練のいらない声区」なのでしょうか?それは大間違いです。

多くの人が閉鎖筋を働かせすぎている

「閉鎖筋>輪状甲状筋」の関係をとるのが得意な人が多いことは先ほども述べましたが、実は、この関係において閉鎖筋を圧勝させてしまう人が多いのです。どのように圧勝してしまうかと申しますと「輪状筋が働かない、一方、閉鎖筋が過剰に働く」こういった状態になってしまっている人が非常に多いのです。では、なぜ閉鎖筋を圧勝させてしまうのでしょうか?

それは、「声帯振動時に閉鎖期を生成しようとするから」です。声帯振動に閉鎖期があると、声が力強くなるのです(詳しくは声の強さを決定する要素)。しかし、本来、外側輪状披裂筋と甲状披裂筋等は声帯を近づけることと、地声が出るための形状を維持するための筋肉です。

声帯を近づける機能は声帯閉鎖に似た作用を期待できるかもしれませんが、その閉鎖期を生成する役目を担っているのは閉鎖筋ではなく声帯筋です。すなわち、閉鎖筋と声帯筋、各々がそれぞれの役目通りの仕事を適度に果たし機能することが大事なのです。

輪状甲状筋と閉鎖筋は旦那と奥様?

輪状甲状筋の前開きを必死に閉じる閉鎖筋

前開きシャツを声帯とすると、その大きな体格でシャツを伸ばすのが輪状甲状筋(旦那様)、そして、その前開き部分を必死に閉じようと献身的に働くのが閉鎖筋(奥様)です。

奥様の閉鎖筋は、このままずっと旦那様のシャツの前側に手をかけた状態で、一日中、旦那について回るつもりでしょうか?奥様は、他にも様々なやることがおありになるでしょうに。。

いやいや、奥様の役目は太っちょ旦那のシャツ前方を引っ張るまでです。シャツ前側の閉鎖はボタン(声帯筋)に任せましょう。(少し例えに無理がありますでしょうか?何より、下手なイラストですみません。。。)

本物のチェストボイスが出せるようになってくると、感覚が変わる!

地声の発声メカニズムのページにも記載しましたが、地声発声時に声帯筋機能による閉鎖期生成がきちんとなされるようになると、発声時の感覚に変化が現れます。

それまである程度の勢いをつけなければ声にボリュームがでない、声が前に飛ばなかったのが、声帯筋の閉鎖期生成によって、呼気に任せずとも、小さいながらもしっかりとした声の感覚を得られるようになります。

その「小さいがしっかりとした」という特有の音の感じを何かに例えるとすると「すずむしが鳴くイメージ」が近いのではないかと思います。喉の中にも特有の振動を感じることができます。これらの変化により、地声を出す感覚が大きく変化します。

もちろん、機能することを覚えたばかりの声帯筋が生成する声帯閉鎖は脆弱です。したがって、最初はできる限り呼気を少なくしながら、声帯筋の機能を維持&向上させていく必要があります。しかし、練習を継続することで最終的に声帯筋は、強い呼気にも耐えうるものになります。

こうして、最終的に非常にパワフルでしっかりとした地声が難なく発せられるようになります。これこそ、理想の地声であり、その地声で構成されるのが理想的なチェストボイスなのです。

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